つながる車
「つながる車」というワードはご存じでしょうか。この「つながる車」をめぐってフィンランド通信機器大手のノキア(Nokia)とドイツ自動車大手のダイムラー(Daimler)が争った訴訟についてご紹介させて頂きます。
「つながる車」とは
「つながる車」とは、英語で「コネクテッドカー」とも呼ばれ、インターネットや無線通信を介して他の車両、インフラ(信号機や駐車場など)、クラウドサービス、スマートフォンと接続できる車です。これにより、ナビゲーション、事故回避、遠隔診断、ソフトウェアのアップデート、自動駐車、エンターテインメントサービスなどが提供されます。たとえば、渋滞情報をリアルタイムで取得したり、スマホで車の施錠確認やエアコン操作を行えたりします。
現在、「つながる車」は世界的に急速に普及しています。2021年の世界の新車販売台数における「つながる車」の割合は約47%であり、2035年には約87%に達すると予測されています 。
「つながる車」について詳しく知りたい方はこちら ↓
特許料を支払うのは車メーカー?部品メーカー?
2019年3月 ノキアは、この「つながる車」に搭載される通信規格LTE(4G)の標準必須特許を有していますが、そのライセンス料を、最終製品メーカーであるダイムラーが支払うべき(特許侵害)だと主張し提訴しました。これに対しダイムラーは通信制御ユニットを生産する部品メーカーとノキアが交渉すべきだとして要求を拒否していました。自動車メーカーと部品メーカー、どちらがそのライセンス料を支払うべきなのか?ということが争点だった訳ですね。
今後自動車のデジタル化がますます進むなかで、この訴訟の行方に注目が集まっていました。
地裁の判決と突然の和解
2020年8月 ドイツのマンハイム地裁はノキアの主張を認め、ダイムラーに対してノキアの特許技術を使用することに対して差し止め命令を出しました。この判決に対し、ダイムラーは「判決は受け入れられない」として控訴する方針を明らかにしました。
しかしこの判決の翌年 2021年6月、本訴訟は、ダイムラーのノキアへのライセンス料の支払いで決着(和解)しました。和解とは言え、ノキアの勝利という結果になりました。契約の内容は非公開ですが、ノキアはダイムラーに対する特許訴訟を取り下げ、ダイムラーは欧州委員会への訴えを取り下げました。
ダイムラーとしてはノキアが特許使用を許諾しなければ、本特許を使用している製品の生産や販売ができなくなるリスクがありましたので、やむを得ない判断だったのだろうと推察します。
この和解について詳しく知りたい方はこちら ↓
https://jp.reuters.com/article/business/-idUSKCN2DD2M7/
両社の見解
和解の後、ノキアは「今回の和解は、ノキアの自動車向けのライセンス事業の成長の機会を証明する非常に重要な節目だ」と述べ、ダイムラーは「経済的な観点、そして長期間にわたる法廷での論争を避けられるという点からも和解を歓迎している」と述べています。この両社のコメントから、和解する方が訴訟を継続するよりも互いにメリットがあるという結論に至ったと考察します。
この判決から予測される自動車メーカーへの影響
「つながる車」は付加価値の高い自動車ですので、自動車メーカーにそれ相応のライセンス料が請求されることが見込まれます。この流れが加速すれば、これまで「通信部品メーカーが特許料を払うべき!」という立場を取ってきた日本の自動車メーカー(たとえばトヨタ、ホンダ)は、非常に厳しい局面となる可能性があります。
つまり、今後は通信技術に依存する自動車メーカーも、直接ノキアのような特許保有者とライセンス契約を結ばざるを得ない局面が増えるかもしれません。
自動車メーカーの危機感は強まっており、日本自動車工業会ではホンダやトヨタなど有志で通信特許に関わる専門部会を設立し、情報収集などを進めているようです。
コスト増と価格転嫁
ライセンス料は無視できない額になると考えられますので、ここから予測されることは、メーカーは最終的に車両価格やサービス料金に転嫁することを検討せざるを得なくなる可能性が高く、消費者にしわ寄せがくることになりそうです。特に「つながる車」が当たり前の時代となると、車1台あたりの通信関連コストが増えることは避けられないと考えます。
ライセンス戦略・交渉力の強化が必要
トヨタやホンダのような大手メーカーでも、通信・ソフトウェア関連の知財交渉は専門外で弱点だったのかも知れません。今後は、こうしたライセンス交渉の専門チームを強化する必要が出てくる可能性があります。
従来は、他社特許調査をする際、出願人で絞っていたこともあったかと思います。これまでは事業内容が大きく異なれば、別の事業分野から他社が参入してくる恐れも少なかったかも知れません。しかし、今後は自動車業界に通信機器メーカー、家電メーカー、ICチップメーカーが参入してきたように、既存プレーヤー以外の特許もチェックしておく必要があると思います。
今回はノキアVSダイムラーの訴訟をご紹介し、本訴訟が自動車業界に与える影響や日本企業として注意すべき点を考察しました。車も携帯電話のように今後は、さまざまな物とつながるようになりますので、自社の知財戦略も変化させていく必要があります。
特に、通信特許に詳しい専門家に相談して他社特許の監視を強化したり、製品に必須となる自社技術の特許出願に力を入れていく必要があるのではないでしょうか。